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仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)5号 判決 1984年3月16日

主文

原判決を次にように変更する。

被控訴人らは別紙第二目録ないし第五目録記載の商品自動車接地具を製造、販売してはならない。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ全部控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、

一  原判決を取消す。

二  被控訴人らは別紙第二ないし第五目録記載の商品自動車接地具を製造、販売してはならない。

三  被控訴人らは商品自動車接地具にアースベルトなる名称を使用し、又はこれを使用した商品自動車接地具を製造、販売してはならない。

四  被控訴人らは控訴人両名に対し八〇〇〇万円を支払え。

五  被控訴人らは、別紙記載文言により、朝日新聞、日本経済新聞各全国版及び河北新報紙上に、標題部及び控訴人ら、被控訴人ら氏名のみ四号活字、その余は六号活字をもつて、各一回謝罪広告をせよ。

六  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決並びに第四項につき仮執行の宣言を求めた。

被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決一〇枚目裏末行目の「始め」を「始めて」と、一六枚目裏六行目の「(商標法二条二項)」を「(商標法三条一項一号)」と、一九枚目裏八行目の「第三号証より」を「第三号証により」と、三〇枚目表四、五行目の「これを」を「これと」と各訂正し、意匠権の主張に関する部分を除く。

第一  控訴人らの主張

一  主位的請求原因

1  控訴人高橋栄は、昭和五三年六月頃、静電気防止のための自動車接地具の考案を実用化し、その頃実用新案登録申請をすると共に、控訴人三栄交易はこれを製造、販売するに至つた。右商品は別紙第一目録記載のような型状のものであるが、静電気を防止するという実用的な面もさることながら、自動車の後部に接続し、これを接地させるユニークな意匠性をも有していたものであつたから、発売後たちまちにしてブームを巻き起こし、昭和五四年三月には広く全国的に知られるようになつたが、特に仙台市においてはそれが顕著であり、不正競争防止法一条一項一号の「広ク認識セラルル」商品となつたのである。控訴人三栄交易は本件自動車接地具のみを製造、販売していたものであるが、右製造販売の故に、その頃金融機関及び自動車業界、マスコミ業界において著名であつた。

本件自動車接地具は、急速に普及した結果、昭和五四年三月頃には仙台市及びその近郊の都市において一〇台に三台程度の普及を見るに至つたのである。

周知性の地域的範囲については、必ずしも全国的なものである必要はなく、一地方をもつて足りると解されている。したがつて、本件自動車接地具については不正競争防止法一条一項一号の周知性を備えて余りあるものである。

2  控訴人らと被控訴人らとの取引関係について、原審における主張を次のように訂正する。

(一)  控訴人三栄交易は、控訴人高橋より本件実用新案登録申請にかかる考案につき独占的実施許諾を受け、昭和五三年六月からその製造販売を開始したところ、本件自動車接地具の好評を聞きつけ、同年八月被控訴人宮川商工の東京本社黒木次長及び仙台営業所の梶原部長が控訴人三栄交易を訪れ、同社代表者控訴人高橋に対し本件自動車接地具の販売権を独占したい旨申し入れた。

(二)  控訴人らは、右申入れを検討したが、とりあえず同年九月四日見本品として被控訴人宮川商工に対し本件自動車接地具二五本を譲渡し、更に九月八日四六〇〇本を売渡した。

(三)  その後、控訴人らは既に株式会社双見商会と特約店契約を結び、同商会を通して自動車接地具を小売店に販売していること及び被控訴人宮川商工の当時の経営状態が必ずしも良好な状態にあるとは認められない等の事情を考慮し、前記被控訴人宮川商工の申入れを断る旨同人に回答すると共に、双見商会より自動車接地具を買入れてほしい旨申し添え、かつ、同被控訴人が双見商会より買入れる場合は、同商会の同被控訴人に対する卸価額を他者に販売する場合より一本当り五〇円ないし一〇〇円程度値引きすることとし、この旨双見商会の同意を得て実施させた。

右により双見商会から被控訴人宮川商工に対して販売された自動車接地具は昭和五三年一一月二一日から昭和五四年二月一八日までの間に合計一万一一七〇本である。

(四)  しかるに、被控訴人宮川商工は、自動車接地具の模造品を販売し、控訴人らと競合関係に立ち、かつ控訴人らの競争力の弱体化を図るため、株式会社向島自動車用品製作所からも控訴人三栄交易が製造販売した自動車接地具五〇〇〇本を買受け、これら卸価額一本五〇〇円ないし五五〇円で購入したものを三八〇円で濫売し、控訴人三栄交易の製造品のイメージダウンを企図した。

3  控訴人らの損害

被控訴人らは昭和五四年三月別紙第二ないし第五目録記載の模造品の製造販売を始めた。控訴人らは昭和五四年五月二五日、仙台地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一六七号模造品製造販売禁止仮処分事件において、「被控訴人両名はその模造品の製造販売をしてはならない」との仮処分決定を受けた。しかるに、被控訴人らは右仮処分を全く守らなかつた。

被控訴人らは、東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第四一八九号事件で、控訴人両名を相手に損害賠償請求訴訟を起こしているが、それによれば被控訴人らは昭和五四年四月以降昭和五六年一月まで模造品を一九万八六一〇本製造販売したことを自陳している。

本件自動車接地具の製造原価は二〇八円、卸販売価格は四〇〇円であるので、一本の製造販売による利益は一九二円であるが、控訴人らは被控訴人らの右模造品一九万八六一〇本の違法な製造販売により少なくとも三八一三万三一二〇円の損害を受けた。

しかも、右の製造販売数は最少限度の数字と考えられ、被控訴人らの模造品製造販売が引き金となつて続々と同様の模造品の出現となつたのであり、その責任は大といわねばならない。被控訴人らの主張によれば、被控訴人宮川商工は昭和五六年一一月一〇日、被控訴人清和工業製作所は同年八月三一日模造品の製造販売を中止したということであるが、現在においても被控訴人らの模造品は出廻つているのであり、これまでに被控訴人らは相当数の模造品を販売したことは明らかである。しかし控訴人らは被控訴人らが右期間中に販売した数字を把握することは不可能なので、その間に製造販売された数量につき控訴人らが受けた損害を慰藉料として請求することとし、前記のとおり明らかにされた損害金三八一三万三一二〇円とあわせて七〇〇〇万円を請求する。

また、被控訴人らは、控訴人らが不正競争防止法による差止の要件をみたし、かつ仙台地方裁判所から前記のとおり仮処分が発令されているにかかわらず、模造品の製造販売を強行したものであり、この行為は控訴人らに対する不法行為を構成する。控訴人らは被控訴人らの右違法行為の差止と損害賠償を求めて本訴を提起したのであり、その弁護士費用は被控訴人らの不法行為と因果関係がある。控訴人らは弁護士費用相当損害金として一〇〇〇万円を請求する。

よつて、控訴人らは被控訴人らに対し損害賠償として八〇〇〇万円の支払を求める。

4  謝罪広告

控訴人らは、被控訴人らの模造品の製造販売により、社会的信用を害された。よつて、別紙記載のとおりの謝罪広告を求める。

二  第二次請求原因

仮に右主張が認められないとしても、被控訴人らは控訴人らに対し民法七〇九条の不法行為、債務不履行ないし信義則違反の責任を免れない。

本件自動車接地具は控訴人らが日本において初めて考案し、商品化したものである。控訴人らはその販路の開拓に血のにじむような努力を必要とした。

被控訴人らは、控訴人らと前記一の2に述べたような取引関係にあつたが、控訴人らの製造販売にかかる商品があまりに好評なのに目をつけて、模造品の製造販売をするようになつたのである。しかも、その販売方法も五〇〇円で仕入れたものを三八〇円で濫売するというバツタ屋的販売であつた。被控訴人らは、控訴人らの努力によつて本件自動車接地具の市販に成功したことに便乗して、何らの経済的負担なしに類似の自動車接地具を製造販売したのであるが、控訴人らと被控訴人らとの間には、初めは直接の取引、後には双見商会を通しての取引があり、控訴人らの商品の模造品を製造販売しないとの黙示の約定があつたのであり、被控訴人らの行為は右約定に違反するものであり、仮に黙示の約定が認められないとしても、右行為は信義則に違反する違法な行為である。

被控訴人らは、控訴入らが努力して開発した考案品が既に市場において爆発的売行きを示しているのを見て、従前からの契約当事者だつた地位を利用して模造品の製造販売を行つたものであり、控訴人らに対し不法行為、債務不履行ないし信義則違反の責任を負担すべきである。

三  第三次請求原因

仮に右主張が認められないとすれば、控訴人らは実用新案権に基づいて本訴請求をする。控訴人らは、別紙第一目録記載の本件自動車接地具につき、実用新案登録出願をし、昭和五六年六月一九日出願公告がなされ、同年一一月一二日登録された。

1  控訴人らの実用新案権の概要は次のとおりである。

実用新案登録請求の範囲

「自動車フレームに導電性板体が先端を接地させて吊架可能にされている自動車接地具において、前記フレームに接続する導電性ゴム製帯体の基部に前記フレームに対する取付金具が該帯体に対し取付位置調節、相対移動可能に付設され、前記帯体の下位に反射板が取付位置調節、相対移動可能に取付られていることを特徴とする自動車接地具」

実施例の構成は次のとおりである(引用の数字は別紙第一目録記載のもの)。

「1はこの考案の要旨をなす自動車接地具であり、該自動車接地具1の本体は導電性板体として導電性ゴム製帯体2であつて、通常に形成されるものであり、該帯体2内には銅線3が三本縦方向平行裡に埋設されて該帯体2の導電性を助勢する様にされている。

而して、前記帯体2の基部には図示しない自動車フレームに対する二枚の取付金具4、4がボルト5及びナット6を介し前記帯体2に対し挾持力を付与して該フレームに対する取付位置調節可能に相対移動出来る様に付設されている。

又、8は反射板であり、該反射板8は表面に反射板本体9を付設し裏面に前記帯体2に対する嵌合溝10を設け、挾持板11にて該帯体2を挾持し、取付位置調節可能に相対位置を変えられる様に該帯体2下部に取付けられてある。

而して、前記反射板8は該帯体2の上部に取付けるより下部に取付ける方が自動車の走行中に上下方向に大きく動き注意を喚起し易いため前記帯体2の下部に取付けられてある。

尚、12、13は帯体2表面に施された螢光性黄色表示マークである。

前記構成において、例えば、自動車のアースを企るに際し、先ず、前記帯体2の基部に付設された取付金具4 4´を介して図示しない前記自動車後部フレームに帯体2の表面に対する長さを調節して接地具1を取付け前記帯体2を取付金具4 4´の垂下作用と相俟つて反射板8の自重にて弾性裡に吊架し、該帯体2の下端を接地する。」

効果は次のとおりである。

「自動車フレームに接続吊架可能な導電性ゴム製帯体の基部に前記フレームに対する取付金具が相対移動可能にして取付位置を調節出来る様に付設され、前記帯体の下位に反射板が該帯体に対し移動可能で取付位置調節可能である様に取付けられているので、従来のチエーン方式によるはね上り、揺動振動的点接地に対し、面接地にて導電性を高めると共に、走行凹凸道路に対し弾性付勢を付与して前記面接地性を向上させ、アース効果を高め、塵埃の付着やカーラジオ等の無線機器のノイズを無くし、不測による事故や静電気放電による危険物引火の防止を企る顕著な効果を有する。

又、帯体は硬質対摩耗性のゴム製のため長距離走行に対しても容易に摩耗し難く、仮に摩耗喪失した場合でも、取付金具が帯体基部に対し相対移動可能に付設されているので、適宜引出力を印加して摩耗喪失部を補填し、長さを調節し、半永久的に使用可能となり、経済的に優れた利点をも有する。

更に、帯体に反射板が該帯体に対し取付位置調節可能に取付けられているので、夜間走行に際しては、交通標識機能をも惹起する有利さがある。加えて、前記反射板が該帯体の下部に取付けられているため自動車の走行中に上下方向に大きく動き後車の注意を喚起し易く後突防止等の効果も大きいメリツトがある。」

2  被控訴人らは別紙第二ないし第五目録記載の自動車接地具(以下、被告製品という。)を製造販売している。それは、「自動車フレームに導電性板体が先端を接地させて吊架可能にされている自動車接地具において、前記フレームに接続する導電性ゴム製帯体の基部に前記フレームに対する取付金具が該帯体に対し取付位置調節、相対移動可能に付設され、前記帯体の下位に反射板が取付位置調節、相対移動可能に取付けられていることを特徴とする自動車接地具」である。

被告製品はいずれも次のとおりの構成である(引用の数字は第二ないし第五目録及び図面記載のもの)。

「1は自動車接地具であり、該自動車接地具1の本体は導電性板体として導電性ゴム製帯体2であつて、通常に形成されるものであり、該帯体2内には銅線3が三本(第五目録の製品にあつては銅板一枚)縦方向平行裡に埋設されて該帯体2の導電性を助勢する様にされている。

而して、前記帯体2の基部には図示しない自動車フレームに対する二枚の取付金具4 4´がボルト5及びナツト6(第四、第五目録の製品にあつては5)を介し前記帯体2に対し挾持力を付与して該フレームに対する取付位置調節可能に相対移動出来る様に付設されている。

又、8は反射板であり、該反射板8は表面に反射板本体9を付設し裏面に前記帯体2に対する嵌合溝10を設け、挾持板11にて該帯体2を挾持し、取付位置調節可能に相対位置を変えられる様に該帯体2下部に取付けられてある。

而して、前記反射板8は該帯体2の上部に取付けるより下部に取付ける方が自動車の走行中に上下方向に大きく動き注意を喚起し易いため前記帯体2の下部に取付けられてある。

尚、12、13は帯体2表面に施された螢光性黄色表示マークである。

前記構成において、例えば、自動車のアースを企るに際し、先ず前記帯体2の基部に付設された取付金具4 4´を介して図示しない前記自動車後部フレームに帯体2の表面に対する長さを調節して接地具1を取付け、前記帯体2を取付金具4 4´の垂下作用と相俟つて反射板8の自重にて弾性裡に吊架し、該帯体2の下端を接地する。」

被告製品の効果は次のとおりである。

「自動車フレームに接続吊架可能な導電性ゴム製帯体の基部に前記フレームに対する取付金具が相対移動可能にして取付位置を調節出来る様に付設され、前記帯体の下位に反射板が該帯体に対し移動可能で取付位置調節可能である様に取付けられているので、従来のチエーン方式によるはね上り、揺動振動的点接地に対し、面接地にて導電性を高めると共に、走行凹凸道路に対し弾性付勢を付与して前記面接地性を向上させ、アース効果を高め、塵埃の付着や、カーラジオ等の無線機器のノイズを無くし、不測による事故や、静電気放電による危険物引火の防止を企る顕著な効果を有する。

又、帯体は硬質対摩耗性のゴム製のため長距離走行に対しても容易に摩耗し難く、仮に摩耗喪失した場合でも、取付金具が帯体基部に対し相対移動可能に付設されているので、適宜引出力を印加して摩耗喪失部を補填し、長さを調節し、半永久的に使用可能となり、経済的に優れた利点をも有する。

更に、帯体に反射板が該帯体に対し取付位置調節可能に取付けられているので夜間走行に際しては、交通標識機能をも惹起する有利さがある。加えて、前記反射板が該帯体の下部に取付けられているため自動車の走行中に上下方向に大きく動き後車の注意を喚起し易く後突防止等の効果も大きいメリツトがある。」

3  以上のように、被告製品は控訴人の製品である本件自動車接地具の技術範囲に属するものであるから、控訴人らは実用新案権に基づき被控訴人らに対し被告製品の製造販売の差止及び損害賠償の支払を求めるものである。この場合の損害賠償は、実用新案法第一三条の三に基づき、本考案が出願公開された後の被控訴人らの模造品の製造販売にかかるものであり、本考案は昭和五五年一二月一日出願公開されているものであるから、被控訴人らは昭和五五年一二月以降の製造販売分について損害賠償の責任がある。

昭和五五年一二月以降の被控訴人らの模造品の製造販売数は昭和五六年一月までで一万〇二三〇本となり(甲第四二号証)、被控訴人らはその外にも多数の模造品を製造販売していたものとみられ、また昭和五六年一月以降現在まで相当数の模造品の製造をやめなかつたのであるから、右の明らかな損害額一九六万四一六〇円(一本一九二円で一万〇二三〇本分)と右数字に表われないその他の模造品の製造販売による損害金及び弁護士費用相当損害金として合計八〇〇〇万円の支払を請求する。

第二 被控訴人らの主張

一  控訴人らの主張に対する認否

主位的請求原因1について、控訴人らの製品の周知性を争う。

同2について、(一)のうち「同年八月被控訴人宮川商工の…申し入れた。」は認め、その余は争う。(二)は認める。(三)のうち「双見商会から被控訴人宮川商工に対して…合計一万一一七〇本である。」は認め、その余は争う。(四)のうち被控訴人宮川商工が株式会社向島自動車用品製作所から五〇〇〇本の商品を買つたことは認め、その余は争う。

同3について、控訴人らがその主張の仮処分決定を得たこと、被控訴人らが控訴人ら主張の訴訟を起こしていること、被控訴人らが右訴訟で控訴人ら引用の主張をしていること、は認める。その余は争う。

同4は争う。

第二次請求原因について、すべて争う。

第三次請求原因1、2は認める。3は争う。

二  控訴人らの実用新案登録請求の範囲

1  昭和五三年五月二三日、控訴人高橋が登録願を出した自動車接地具の実用新案登録請求の範囲は次のとおりであつた(甲第一号証の三)。

「表面に螢光黄色使用の表示マークを施し、適当な重量をもつ反射板を取付けると共に締付けボルトによつて柔軟帯板の長さを容易に調節出来るようにされた導電性ゴム柔軟帯板中に銅線を埋没した自動車接地具」

右出願の考案は、実用新案法三条二項に当るとして、昭和五五年五月一四日特許庁より拒絶された(乙第七号証の一)。

これに対し、控訴人高橋は同年七月一七日意見書及び手続補正書を提出したが(同号証の二、三)、同法五条三項及び四項不備を理由に更に拒絶され(同号証の四)、結局同年一一月一三日付意見書及び手続補正書の再提出により(同号証の五、六)、昭和五六年一月二三日付出願公告の決定に基づき(同号証の七)、同年六月一九日公報に公告されたのである(甲第三六号証)。

2  前記記載から明らかなとおり、反射板については「適当な重量をもつ反射板を取付ける」とするのみで、甲第三六号証公報におけるように「反射板が取付位置調節、相対移動可能に取付けられていることを特徴とする」との記載はなかつた。

この記載が入つたのは、出願の拒絶査定を免れるため昭和五五年七月一七日の手続補正書(乙第七号証の三)で明細書の全文を訂正した結果であり、実用新案登録請求の範囲はこの全文訂正明細書によつて初めて右特徴的要件をその実用新案登録請求の範囲内に取り入れてきたものであり、その要件が本願考案の新規にして進歩性のある必須要件であることを同日付の意見書(乙第七号証の二)で左記のとおりに明記している。

「即ち、今回補正致しました本願考案は帯体の下位に取付けた反射板をして「取付位置調節、相対移動可能に」設けた点を新規にしたものであり、その点はどの御引用例にも記載のないものでありますことは明らかであり、充分に考案として進歩性を有するものと思料されるものであります。」

即ち、本件考案における新規かつ進歩性のある必須要件は、昭和五五年七月一七日の手続補正書における全文訂正明細書で初めて実用新案登録請求の範囲に取り入れられた「反射板を取付位置調節、相対移動可能にした」点にあつたことが出願記録から明らかに読み取ることができる。

3  実用新案の技術的範囲を定めるに当りその出願、審査過程を参照することは大切であり、右乙第七号証の二の意見書における主張は、その技術的範囲の解釈上重要である。

一方、本件実用新案の当初明細書(甲第一号証の三)には、その実用新案登録請求の範囲中に、右「反射板が取付位置調節、相対移動可能に取付けられていることを特徴とする」要件は入つていなかつたのみならず、考案の詳細な説明の欄にも右要件の記載は全くなかつた。

実用新案法九条一項で準用する特許法四〇条は、「願書に添附した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと実用新案権の設定登録があつた後に認められたときは、その実用新案登録出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」と規定している。

同じく実用新案法九条一項で準用する特許法四一条は、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において実用新案登録請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定している。

即ち、当初明細書又は図面の記載の範囲内で実用新案の登録請求の範囲を変更しても要旨変更にはならないとするものである。もし補正による登録請求の範囲の記載が当初明細書又は図面の記載の範囲外の要件を含むときは、右特許法四〇条により、実用新案の登録出願は当該手続補正書を提出したときに(本件では昭和五五年七月一七日に)したものとみなされるのである。

本件実用新案の唯一の新規の必須要件である「反射板が取付位置調節、相対移動可能に取付けられていることを特徴とする」点は、右に見たとおり、当初明細書に記載がなかつたのに、新たに補正により加えられたものであるから、本件実用新案の出願日は昭和五五年七月一七日であることになる。

4  また、実用新案法二六条で準用する特許法七九条は、「実用新案登録出願に係る考案の内容を知らないで自らその考案をし、又は実用新案登録出願に係る考案の内容を知らないでその考案をした者から知得して、実用新案登録出願の際現に日本国内においてその考案の実施である事業をしている者は…その事業の目的の範囲内において、その実用新案登録出願に係る実用新案権について通常実施権を有する。」旨規定している。

これは先使用による通常実施権で、当該実用新案登録出願前の第三者の実施を保護した規定であり、本件実用新案の出願日が前記のとおり昭和五五年七月一七日であり、他方、被控訴人の実施は昭和五四年三月であつたから、被控訴人は明らかにこの先使用による通常実施権者にあたり、その実施行為は正当であり、何らの違法も存しない。したがつて、控訴人らは被控訴人らに対し実用新案権によるいかなる請求権も有しない。

5  本件実用新案の出願日が右のとおり昭和五五年七月一七日まで繰り下がるため、その時点では控訴人らは既に自己の製品を公然と製造販売していたから、本件実用新案は実用新案法三七条一項一号により無効審判で無効にされるものであることが明らかである。してみると、このように明白な無効理由を含む実用新案により権利主張をすることは権利濫用として許されないところである。

三  被控訴人らの自動車接地具の製造販売の中止

被控訴人株式会社清和工業製作所は昭和五六年八月三一日自動車接地具の製造を中止した。

同被控訴人は同年一一月一〇日被控訴人宮川商工に対する自動車接地具の販売を中止した。

被控訴人宮川商工は同年一一月三〇日自動車接地具の販売を中止した。

第三 控訴人らの主張

被控訴人らの主張の二1は認める。その余は争う。

被控訴人らの先使用権を有するとの主張に対して

特許法四一条は前記のとおり規定しており、乙第七号証の二意見書二頁一行目以下の記載にあるとおり、「当該補正構成要件は出願当初の図面、就中、第2図に示されております様に帯体と反射板は当業者ならずとも全く別体に造られ、しかも該反射板が該帯体に対し離脱不能である様に取り付けられていることは明らかであります。加えて当該図面を詳細に分析、検討しまするに、bで示されている部分は該反射板の帯体に対する嵌合取付部であると共に、相対移動可能なスライド部分であることも明らかであり、その限り明細書全体、図面全体を勘案しまするに帯体下端が接地摺部により摩耗する場合、該帯体に対し反射板をズラして上方に移動し取付位置調節し得る様にされていることも明らかであります…」のであり、これは当初出願の明細書及び図面によりすでに明らかにされていたことであり、それを手続補正書においてなお明確な文言をもつて記載したにすぎず、これは要旨の変更にならないものである。

これは甲第四五号証特許庁審査基準にも明らかである。すなわちこれによれば、「補正前の明細書からみて、当業者に自明でない事項の補正をしても、その補正により特許請求の範囲に記載した技術的事項は何ら質的変化を受けないときは、特許請求の範囲に記載した技術的事項は依然として補正前の明細書に「記載した事項の範囲内」のものであるから、そのような補正は要旨変更とみない。なお補正前の明細書からみて当業者に自明な事項を補正したときは、特許請求の範囲に記載した技術的事項は依然として補正前の明細書に「記載した事項の範囲内」のものであるから、そのような補正も要旨変更とみないこと勿論である」とされ、本件の場合は出願当初の明細書及び図面の自明な事項を補正したものであるから要旨の変更に当らないのである。しかも本件の場合、被控訴人らは控訴人らから当初商品を買い受けた立場にあり、現物を当初から見ているのであるから、その商品の具体的構造及び機能を知悉していたものであり、被控訴人らにとつても自明の理であつたのである。

(証拠関係)(省略)

理由

一  被控訴人らの「訴の一部取下の不同意及び訴の却下」に関する主張について

当裁判所は右主張は理由がないと判断する。その理由は原判決の理由と同一であるから、この点に関する原判決の理由を引用する。

二  第一次請求原因について

当裁判所は、昭和五四年三月頃控訴人らの製品の商品表示が周知性を有していたとは認められない、と判断する。その理由は原判決の理由と同一であるから、この点に関する原判決の理由を引用する。当審証人高橋潔、同高橋義二、同佐藤貞紀、同四方田堯公の各証言及び当審の控訴人高橋栄本人尋問の結果も右認定を動かすに足りない。

第一次請求原因における各請求はすべて右周知性を前提とするところ、右周知性が認められないから、その余の点の判断をまつまでもなく、右各請求はいずれも失当である。

三  第二次請求原因について

控訴人らは、まず、民法七〇九条の不法行為を主張する。

実用新案権については後に判断するからこれを別として、当該行為が不正競争防止法の規定に該当しない場合においても、当該行為の性質、態様を考慮し、不法行為の成立を認めるのを相当とする特段の事情が存するときは、不法行為の成立を認めるべきであるけれども、本件においては右特段の事情が存するとは認められない(第二次請求原因において控訴人らが主張するところは特段の事情とするに足りない。)。よつて、この点の主張は採用できない。

控訴人らは、次に、債務不履行を主張する。その主張は、「控訴人らの商品の模造品を製造販売しないとの黙示の約定があつた」というにあるが、右黙示の約定を認めるに足る証拠は存しないから、この点の主張は採用できない。

控訴人らは、次に、信義則違反を主張する。控訴人らは、「不法行為、債務不履行ないし信義則違反」と主張しているから、不法行為、債務不履行のほかに、損害賠償債務の発生原因として「信義則違反」が存すると主張するようである。しかし、信義則違反ということは、ある行為が信義則に違反するとき、その行為が違法性を帯びることになり、したがつて、その行為につき不法行為又は債務不履行が成立するに至るという点に意味があるのであつて、不法行為、債務不履行とは別に、信義則違反が損害賠償債務の発生原因として存するわけではない。この点の主張も採用できない。

四  第三次請求原因について

控訴人高橋が別紙第一目録記載の自動車接地具につき実用新案登録の出願をし、昭和五六年六月一九日出願公告がなされたことは当事者間に争いなく、右につき同年一一月一二日登録がなされたことは、被控訴人らが明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。したがつて、控訴人高橋は右自動車接地具につき実用新案権を有する。

第三次請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被控訴人らの製品である別紙第二ないし第五目録記載の製品は控訴人らの製品である別紙第一目録記載の自動車接地具の実用新案権の技術的範囲に属するものと認められるから、被控訴人らの製品の製造販売の差止を求める控訴人らの請求は認容すべきである。

被控訴人らは実用新案法二六条、特許法七九条の規定による先使用による通常実施権を主張する。しかし、当初の明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものであるときは、審査官は決定をもつてその補正を却下しなければならない(実用新案法一三条、特許法五三条一項)と定められているのに、本件の場合、控訴人高橋の補正が却下されず、受理されていること当事者間に争いないこと(事実摘示の第二の二の1)にかんがみ、控訴人高橋のした補正は、控訴人ら主張(事実摘示第三)のとおり、当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内において実用新案登録請求の範囲を補正したもので、明細書の要旨を変更しないものとみなされる場合(実用新案法九条、特許法四一条)に該当するものと認めるのが相当である。そうすると、控訴人高橋の出願は昭和五三年五月二三日(その方式及び趣旨により成立を認めうる甲第一号証の一により認められる。)のままであるから、昭和五四年三月頃被控訴人らの製品の製造販売を開始した(この点は当事者間に争いがない。)被控訴人らには先使用による通常実施権は存しない。なお、先使用による通常実施権が認められるためには、実用新案登録出願に係る考案の内容を知らないで自らその考案をしたこと、すなわち善意であることが要件であるが、被控訴人らは昭和五四年三月当時において悪意であつたことは、前記引用の原判決の認定により明らかであるから、この点からいつても被控訴人らは先使用による通常実施権を有しない。したがつて、被控訴人らのこの点の主張は採用できない。

被控訴人らは控訴人らの権利濫用を主張するけれども、控訴人高橋の実用新案登録の出願日は昭和五三年五月二三日であるから、被控訴人らの主張はその前提において失当であつて、採用できない。

次に、「アースベルト」の名称の使用の差止は、実用新案権に基づいては請求できないから、この点の請求は認容できない。

次に、損害賠償請求について判断する。控訴人らは、出願公開の後の製造販売について被控訴人らに損害賠償責任がある旨主張するが、右主張は失当である。出願公開の効果として認められるのは実施料相当額の補償金請求権であり(実用新案法一三条の三)、損害賠償請求権は出願公告の効果として認められるものである(同法一二条、二七条ないし三〇条)。控訴人高橋の本件出願の公告は前記のとおり昭和五六年六月一九日であるから、被控訴人らは右の日以後の本件商品の製造販売について損害賠償責任を負うこととなるが、この点については控訴人らは何ら主張立証をしていないから、この点の損害賠償請求は失当である。

被控訴人らの本件商品の製造販売の行為が控訴人らの名誉、信用を毀損したことについては、何らこれを認めるに足る証拠が存しないから、謝罪広告の請求も失当である。

三  以上の理由により、本訴請求は第三次請求原因のうち控訴人ら主張の実用新案権に基づく別紙第二ないし第五目録記載の製品の製造販売の差止の請求のみ認容すべく、その余の請求はすべて失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて、原判決を右のように変更することとし、民事訴訟法三八四条、三八六条、九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

第一目録

自動車接地具

但し、別紙図面(一)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第二目録

自動車接地具

但し、別紙図面(二)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第三目録

自動車接地具

但し、別紙図面(三)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第四目録

自動車接地具

但し、別紙図面(四)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第五目録

自動車接地具

但し、別紙図面(五)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

謝罪広告

弊社宮川商工株式会社と株式会社清和工業製作所両社は、高橋榮氏が考案し、有限会社三栄交易殿が製造・販売にかかる自動車静電気防止具 商標名「アースベルト」と類似の自動車静電気防止具「エンドレスアースベルト」を製造・販売し、もつて商品の混同、誤認を生ぜしめる行為をなし、高橋氏および有限会社三栄交易殿の信用を害したことはまことに遺憾であります。

ここに謝罪の意を表すると共に、今後かかることのないことをお誓い致します。

昭和 年 月 日

東京都港区東麻布一丁目一三番地一

宮川商工株式会社

右代表取締役 宮川三夫

東京都江戸川区一之江四丁目六三番地二三

株式会社 清和工業製作所

右代表取締役 田辺茂

仙台市八木山本町一丁目三番地の二

有限会社 三栄交易

右代表取締役 高橋榮殿

同所同番地

高橋榮殿

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